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3.患者だけでなく家族にも目を向けること、家族のケアヘの参加は患者の大きな支えとなるとともに、家族にとっても意義のあることとなる
4.患者や家族が潜在的に持つ力を発揮できるよう彼らのぺースに合わせ、時にはリードしながら柔軟に対処していくこと
1997年2月第11回日本がん看護学会学術集会
急に退院を希望し自宅での死を選択した症例を通しての振り返り
○増田富子 大川明子
はじめに
終末期をホスピスで迎えることを希望して入院した患者が、自宅での死を選択し退院するケースがある。今回入院中「家に帰りたい、帰りたくない」と、気持ちが揺れ動いていた患者が、突然、退院を希望し5日後、家族に見守られ自宅で死を迎えた症例を体験した。患者の言動を振り返り、どのような援助、関わりが必要であったのかを考察したので報告する。
事例紹介
患者:Kさん、61歳、女性、左乳癌、肺転移、左胸部皮膚転移
家族背景:夫60歳、長女29歳の3人暮らし。ハワイ在住の姉と交流あり。1ヵ月後、新しいマンションに移り住む予定。
現病歴:平成5年左乳房切除術施行。平成7年、再発のため化学療法施行。平成8年3月、肺転移と診断され化学療法勧められるが拒否。治療しなければ予後1ヵ月と医師から説明を受ける。自ら尊厳死協会に加入。夫とともに入院相談のため来院。「できるだけ家族と過ごしたいが迷惑もかけたくない。あと1年は生きたいが、だめであれば楽に死にたい」と話す。夫からの発言は特にはなく、患者の意志を尊重している様子であった。4月、当院へ入院。
入院後の経過
入院後症状緩和の時期〔4/22〜4/30〕リン酸コデイン・リンデロンの内服後、痛み、呼吸困難減。「ここに来て安心した」と話す反面、「これからどうやって過ごしていいのかわからない」と涙を流す。ナースは傾聴するとともにティータイムヘの参加や散歩等、気分転換を勧めれその後、「やり残したことを片づけるために、新しい家に帰りたい」と話し、外泊への意欲が出てきた。
症状不安定な時期〔5/1〜5/10〕眠気が強く、コデインの減量を希望したが、減量後に痛み増強。「病気がよくなったと錯覚していた。外泊、退院をしようとは思わない」と話す。また、「夫は私の入院を喜んでいる」などの言葉が聞かれた。夫の面会が少ないことで十分な面談を持つことができず、また患者自身、家族間の話に触れられたくない様子が見られた。傾聴に努めたが、それ以上の介入は難しかった。
症状悪化から退院までの時期〔5/11〜5/15〕胸水貯留により痛み、呼吸困難増強。日常生活の援助、症状緩和に努めた。患者からは「ここで死にたい」「家族には全部すんでから連絡してほしい」との言葉が聞かれた。しかし、15日朝突然、「ここで死のうとしたが間違っていた。医療者のいうことは信じられない。ここから逃げ出したい」と訴える。気持ちの変化の原因を知ることは難しく、病状的には厳しい状態ではあったが、患者の意志を尊重し退院の準備を家族と話し合った。その後、退院が決まると、「ここに来てから自分を騙しているようで何もかも信じられなくなった。つきつめれば、生きていたくなった」と話し、姉の帰国を待ち、退院となった。
退院後死亡まで〔5/15〜5/19〕症状はアンペック座薬の使用で緩和されたが、全身状態は徐々に低下した。ナースの訪問時、「家族のそばにいて、安心でき、幸せです」と話し、19日の夕方、静かに永眠された。
まとめ
死を目の前にして、患者の気持ちの揺れは大きく、表面的な訴え以上にその思いは深いといえる。また、病状悪化時には特に不安定になりやすい。看護者は、患者家族の一つ一つの言葉や気持ちの変化を真筆に受け止め、「いま、ここで」の患者の思いに目を向けながら、柔軟に援助していくことが大切であると思われる。
1997年2月 第11回日本がん看護学会学術集会

 

 

 

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